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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)102号 判決

兵庫県西宮市下大市東町130番地の2

原告

橋本健二

同訴訟代理人弁護士

酒井正之

同弁理士

岸本瑛之助

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

山川サツキ

中村友之

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和60年審判第1430号事件について平成4年3月31日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告及び訴外〓本憲治は、昭和54年12月18日、名称を「立体的なパンティー、ブリーフなどの下着を製造する方法」(後に「立体的なパンテイ、ブリーフなどの下着の製造法」と補正)とする発明(以下、そのうち明細書の特許請求の範囲1項に記載された発明を「本願第1発明」という。)について特許出願(昭和54年特許願第165370号)をし、昭和59年11月5日、拒絶査定がされたので、昭和60年1月16日、審判を請求し、同年審判第1430号事件として審理されたが、昭和63年3月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「前審決」という。)があり、その謄本は、同年5月16日、原告らに送達された。原告は、同年5月28日、訴外〓本憲治から前記発明に係る特許を受ける権利を譲り受け、同年6月1日、特許庁長官に対してその旨の届出をし、同月10日、東京高等裁判所に対し、審決取消請求訴訟を提起し、同年(行ケ)第118号審決取消請求事件として係属し、平成2年10月15日、前審決を取り消す旨の判決(以下「前判決」という。)がされて、その判決は確定し、本件出願は特許庁において更に審理され、平成3年3月25日、出願公告(平成3年特許出願公告第21641号公報)がされたが、特許異議の申立てがあり、平成4年3月31日、特許異議の申立ては理由があるとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年4月30日、原告に送達された。

2  本願第1発明の要旨

下腹部を覆う腹部片(3)と、左右両臀部を覆う臀部片(2)と、股間部を覆う股間片(4)とよりなる下着(1)を製造するにあたり、腹部片(3)の上部両側に左右方向にのびた突出部(11)を、臀部片(2)の上部両側に左右方向でかつ斜め上方向にのびた突出部(6)をそれぞれ形成し、これら突出部(11)(6)の端縁(12)(9)を同じ長さにするとともに各片(3)(2)の中心線に向かって上方に傾斜せしめ、しかも臀部片(2)の上縁(7)を同片(2)の中心線上が最もへこんでいる湾曲形状となし、相互に縫い合わすべき臀部片(2)の下端(17)および股間片(4)の一端(16)の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片(2)および股間片(4)の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙(18)を生じせしめるように、臀部片(2)の下端を凹形状に、股間片(4)の一端(16)を凸形状にそれぞれ形成し、腹部片(3)および臀部片(2)の両突出部(11)(6)をこれらの端縁(12)(9)において縫い合わせ、かつ臀部片(2)の下端(17)を股間片(4)の一端(16)に前記間隙(18)がなくなるように縫い合わせるとともに、下着(1)の着用時臀部片(2)と股間片(4)の縫合部(23)が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片(2)および股間片(4)を形成することを特徴とする立体的パンテイ、ブリーフなどの下着の製造法(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  昭和52年特許出願公開第21950号公報(以下「引用例1」という。別紙図面2参照)には、第1図に、上部両側に左右方向にのびた突出部を有した腹部包囲部(30)、上部両側に左右方向でかつ斜め上方向にのびた突出部を有した臀部包囲部(28)及び股部包囲部(32)の各部片からなり、各突出部の端縁は同じ長さでありしかも各部片の中心線に向かって上方に傾斜し、臀部包囲部片の上縁は同部片の中心線上が最もへこんだ湾曲形状となっているパンテイの展開平面図が示され、第3図には、臀部包囲部(28)、腹部包囲部(30)および股部包囲部(32)からなる部片を縫合してできたパンテイが示されている。したがって、引用例1には、前記の各部片を縫合したパンテイの製造法の発明が記載されているといえる。

また、昭和51年実用新案登録願第12904号の願書に最初に添付した明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフイルム(昭和52年実用新案出願公開第104414号公報参照、以下「引用例2」という。)には、後身中央片と股間当接片との縫着構成部分に特徴がある、臀部当接部に平均的なゆとりが形成されて身体にぴったりしたショーツの提供を目的としたショーツの製造法が記載され、前記特徴は「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁、例えば所定の曲率半径の曲線縁に裁断形成する」(4頁10行ないし12行及び第1図参照)ことであり、「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁に裁断し、これを重ねることなく縫着すると(略)後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成されて臀部形状にピッタリする形態とするとができる。」(4頁13行ないし5頁4行)と説明されている(別紙図面3参照)。

本願第1発明と引用例1記載の発明とを対比すると、後者の「臀部包囲部」、「腹部包囲部」及び「股部包囲部」の各部片は、前者の「臀部片」、「腹部片」及び「股間片」にそれぞれ相当するので、両者は、「下腹部を覆う腹部片と、左右両臀部を覆う臀部片と股間部を覆う股間片とよりなる下着を製造するにあたり、腹部片の上部両側に左右方向にのびた突出部を、臀部片の上部両側に左右方向でかつ斜め上方向にのびた突出部をそれぞれ形成し、これら突出部の端縁を同じ長さにするとともに腹部、臀部の各片の中心線に向かって上方に傾斜せしめ、しかも臀部片の上縁を同片の中心線上が最もへこんでいる湾曲形状となし、腹部片及び臀部片の両突出部をこれらの端縁において縫い合わせ、かつ臀部片及び腹部片の下端を股間片のそれぞれの端に縫い合わせたパンテイ、ブリーフなどの下着の製造法」という点で同じであるが、下記の点で相違している。

(一)本願第1発明は、相互に縫い合わすべき臀部片の下端及び股間片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片及び股間片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じせしめるように、臀部片の下端を凹形状に、股間片の一端を凸形状にそれぞれ形成しているのに対し、引用例1記載の発明は、両片の間に間隙が生じない凹形状、凸形状に形成している点

(二) 本願第1発明は、下着の着用時に臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片と股間片を形成しているのに対し、引用例1記載の発明は、前記のように形成されているか否か不明である点

そこで、前記相違点について検討する。

先ず相違点(一)についてみると、引用例2に記載の「後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁、例えば所定の曲率半径の曲線縁に裁断形成する」ことにより、相互に縫い合わすべき臀部片の下端及び股間片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片及び股間片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じるものと認められる。

そして、引用例2記載の考案のパンテイ(ショーツ)の後身中央片は本願第1発明の臀部片の一部に相当し、股間片との関係においては両者は同じといえるから、「相互に縫い合わすべき臀部片の下端および股間片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片および股間片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じせしめるように、臀部片の下端を凹形状に、股間片の一端を凸形状にそれぞれ形成する」ことは、引用例2により、本件出願前に公知といえる。そして、この構成を採ることにより「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」という、本願第1発明の「臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、両側にふくらみが形成される」という効果と同様な効果が奏されることも既に本件出願前に公知のことである。

確かに、引用例2記載の考案のパンテイは後身中央片と前身形成片と股間当接片とからなり、かつ後身中央片と前身形成片を縫合する縁はそれぞれ凸曲線となっている形のものである。そして、引用例2における「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」という効果は、後身中央片と股間当接片との縫着構成部分の構成により奏される効果といえるから、引用例1記載の発明のパンテイとはその形を異にしているが、引用例1記載の発明のパンテイに、臀部形状にピッタリするように、引用例2により公知の臀部片と股間片との縫着構成部分の特徴を適用することは、当業者にとって容易なことといえる。

次に相違点(二)についてみると、下着を体の形状にフイットさせたいという課題は、既にこの分野においてよく知られていることであり、人間の臀部の形状をみれば、左右両臀部の谷間は左右両臀部間のほぼ最下端から形成されている。したがって、臀部片と股間片との縫着構成部分の特徴により「後身中央片の縦方向の中心線部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」効果を奏する該縫合部は、臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端に位置するようにすることが、臀部形状に一番ピッタリするであろうことは、当業者が容易に考え付くことであり、該縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端にもってくることができないという特別の事情も存在しない。

したがって、下着の着用時に臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片と股間片を形成することも当業者にとって容易なことである。

そして、前記相違点を総合して勘案してみても、本願第1発明の効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予期し得る範囲を超えて優れているものとはいえない。

(3)  以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

したがって、本願は、特許請求の範囲2項及び3項記載の発明について検討するまでもなく、拒絶すべきものとする。

4  審決の取消事由

審決の本願第1発明の要旨、引用例1及び2の記載事項並びに本願第1発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点の認定は認めるが、審決は、引用例2記載の考案の技術内容及び作用効果の認定を誤ることにより、相違点(一)(二)に対する判断を誤り、また、本願第1発明の奏する作用効果の顕著性を看過し、もって本願第1発明の進歩性を否定したもので、違法であるから、取消しを免れない。

(1)  取消事由1-相違点(一)に対する判断の誤り

審決は、相違点(一)に対する判断において、〈1〉引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片は本願第1発明のパンテイの臀部片の一部に相当し、股間片との関係においては両者は同じといえる、〈2〉引用例2記載の考案の「相互に縫い合わすべき臀部片の下端および股間片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片および股間片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生じせしめるように、臀部片の下端を凹形状に、股間片の一端を凸形状にそれぞれ形成する」という構成(以下「間隙の構成」という。)により、本願第1発明の「臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という効果と同様な効果が奏されるとして、〈3〉引用例1記載の発明のパンテイに、臀部形状にピッタリするように、引用例2記載の考案の臀部片と股間片の縫着構成部分の特徴(間隙の構成)を適用することは、当業者にとって容易である旨判断している。

しかし、前記〈1〉ないし〈3〉の判断は、いずれも誤りである。

(一) 〈1〉について

本願第1発明のパンテイの臀部片と引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片には、次のような相違がある。

(イ)本願第1発明のパンテイの臀部片は、その上縁7の中心線上が最もへこんでいるのに対し、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片の上辺は一直線である。

(ロ)引用例2記載の考案のパンテイにおいては後身中央片の両斜辺線3の凸曲縁と前身形成片の左右延長部縁10の凸曲縁とが縫着されることによりその上下に間隙が生じるが、本願第1発明のパンテイの臀部片にはそのような間隙は生じない。

(ハ)本願第1発明のパンテイの臀部片の下端は、着用時、左右両臀部間のほぼ最下端に位置するものであるが、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片の下端は、着用時、左右両臀部間の最下端よりはるか上方位置にある。

したがって、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片を本願第1発明のパンテイの臀部片の一部に相当するとみることはできない。

したがって、また、本願第1発明のパンテイの臀部片と引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片が、股間片との関係において同じであるということはできない。

(二) 〈2〉について

引用例2には、間隙の構成により、「後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成されて臀部形状にピッタリする形態とするとができる」と記載されているが、第2図に14として示された膨みは、その位置が左右両臀部の後方に張り出した部分のやや下方で、縦方向の中心線12部分から脚口9、9’に向かって若干斜め下がりにかつ大きな円弧状に存在する。

しかし、本願第1発明の「着用時には臀部片の中心線上に縦のくぼみが形成されるにともないその両側に相対的にふくらみが形成される」という効果は、間隙の構成のみならず、「下着の着用時に臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片および股間片を形成」したことにより得られるものであり、間隙の構成のみにより得られたものではない。したがって、引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成の効果と本願第1発明の前記効果とは異なるものである。

(三) 〈3〉について

〈3〉の判断は、そのよってきたる理由である〈1〉〈2〉の判断が誤りであることにより既に誤りであるが、更に、引用例1記載の発明と引用例2記載の考案とでパンテイのゆとりの持たせ方が相違することからも誤りである。

引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成は、縫製後左右に開かれた後身中央片1の凹曲線縁2の両側部分である脚口一部形成部4、4’が、各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14を形成するためのゆとりを下側からもたせる機能を有するものである。

一方、引用例1記載の発明のパンテイは、外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ているものである。

外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ている引用例1記載の発明の技術と、該ゆとりを後身中央片1の斜辺縁3の凸曲縁及び前身形成片8の左右延長部縁10の存在とあいまって後身中央片の下側から得ている引用例2記載の考案の技術とはもともと結び付かないものである。

因みに、前判決においても、引用例1記載の発明のパンテイの前記技術と、昭和50年特許出願公開第127492号公報(以下「前審決引用例2」という。別紙図面4参照)に記載されたパンテイ(これも外方に突出した左右両臀部を包むゆとりを引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片に相当する後股上布の下側から得ている。)の技術とは結び付かないと判断され、これが前審決の取消しの理由とされている。

したがって、当業者が、引用例1記載の発明のパンテイに、臀部形状にピッタリするように、引用例2に開示された間隙の構成を適用することを想到することは容易ではない。

(2)  取消事由2-相違点(二)に対する判断の誤り

審決は、下着を体の形状にフイットさせるという技術的課題は周知のものであり、また、間隙の構成による縫合部が臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端に位置するようにすることにより臀部形状に一番ピッタリさせることができることは当業者が容易に考え付くことであるとして、相違点(二)の構成を採用することは当業者にとって容易であると判断する。

しかし、当業者が容易に考え付くことであれば、従来からそのような構成を採用しているはずであるが、引用例2記載の考案を含め、本件出願前、そのような構成を採用した例は全く存在しないものであり、このことは、相違点(二)の構成を当業者が容易に考え付かなかったことを意味するものである。

なお、被告は、乙第1号証ないし第3号証を提出して、下着の着用時に臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片と股間片を形成することは極普通のことであり、その位置は当業者が必要に応じて適宜決め得る程度のものである旨主張するが、乙第1号証のパンツでは、その縫製前の後生地3と股片5、6との間に「間隙」はみられず、乙第3号証記載のガードルも身頃1と襠布2の間に「間隙」は生じない。

また、乙第2号証のズロースでは、その第4図に、後片2と襠片9との間に太鼓状の間隙が示されているが、これは仕立後股部との接触を良好にするためのものであり、これに臀部片が左右両臀部間の谷にくいこみ状に密着し、この部分で下着が人体に係合状となって腰の屈伸運動その他の人体の動きにより下着のずれ動きが生じないという本願第1発明の効果は期待できない。

本願第1発明では、臀部片と股間片の間隙の構成に係る縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するようにした点に技術的意義があるものであり、乙第1号証ないし第3号証からは、このような構成を想到することは当業者にとって容易ではない。

(3)  取消事由3-本願第1発明の奏する作用効果の顕著性の看過

審決は、本願第1発明の作用効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予期し得る範囲を超えて優れているものとはいえないと判断している。

本願第1発明の下着では、着用時には臀部片の中心線上に縦のくぼみが形成されるにともないその両側に相対的に膨みが形成され、両膨みと左右両突出部の降下により生じた臀部片のゆとりの存在により、左右両臀部を覆う臀部片は球状に張り出した左右両臀部をそれぞれ個別に無理なく包み、かつたるみなしにこれらに密着し、立体的な臀部の形態にフイットして美しい外観を呈するものである。また、これに加え、本願第1発明の下着は、着用時、臀部片の中心線上が最も強く、かつ中心線から両側方にいくにしたがって漸次弱く股間片側に引っ張られ、臀部片が左右両臀部間の谷にくいこみ状に密着し、この部分で下着が人体に係合状となって腰の屈伸運動その他の人体の動きにより下着のずれ動きが生じず、臀部の底にたるみやしわも発生しない形態となるという特殊の効果も奏するのである。

このような本願第1発明の作用効果は、下着の着用時、間隙の構成に係る臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片及び股間片を形成することによってこそ得られるものである。

したがって、本願第1発明の作用効果は、引用例1記載の発明や引用例2記載の考案から予期し得る範囲を超えた優れたものであり、この作用効果の顕著性を否定した審決の前記判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  取消事由1について

(一) 〈1〉について

審決が〈1〉の判断をしたのは、本願第1発明と引用例1記載の発明との相違点(一)として認定した構成、即ち、縫合される臀部片の下端と股間片の一端の形状の関係について述べたものである。そして、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片は臀部を覆う一片であることは紛れもない事実であるから、臀部片の一部に相当するといえるし、縫合される臀部片(又は後身中央片)の下端と股間片の一端の形状の関係についてのみみれば、両者は同じである。

したがって、原告が主張する(イ)、(ロ)、(ハ)の相違点の有無には関係なく、審決が縫合される臀部片の下端と股間片の一端の形状の関係として判断した〈1〉の判断に誤りはない。

(二) 〈2〉について

引用例2には、「後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着すると共に前身片と後身中央片との縫着縁も曲率大なる凸曲縁としてこれを縫着したから、(略)後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み13、14が形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる。」(4頁13行ないし5頁4行)と、その効果を後身中央片と股間片との縫着部の構成(間隙の構成)と後身中央片と前身形成片との縫合部の構成(以下「凸曲縁の構成」という。)とによる効果の総和として記載されている。

しかし、「後身中央片の縦方向の中心線12の部分が谷間となる」のは、中心線12と接触して該部に作用を及ぼす間隙の構成に起因するとみるのが相当であり、凸曲縁の構成は、中心線12と接触していないから、中心線12に何ら作用せず、中心線12部分の谷間を形成するのに寄与するものとは考えられず、単に膨み13を形成するにすぎない。

そして、間隙の構成により、後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となる以上、その左右は必然的に膨むから、膨み14とあいまって、「後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨みが形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる」という効果を奏すると認められる。

凸曲縁の構成が加われば、膨み13が形成され、臀部形状に更にピッタリする効果を奏するであろうが、間隙の構成だけでも「腎部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」という本願第1発明と同一の作用効果を奏するものといえる。

したがって、審決が、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片と股間片との関係の効果と、本願第1発明のパンテイの臀部片と股間片との関係の効果が同じであると判断したことに誤りはない。

(三) 〈3〉について

引用例1記載の発明のパンテイは、両臀部を包む生地のゆとりを上側から得ているのみならず、引用例1の第1図に「B」と表示された下側部の湾曲部からも得ている。しかも、パンテイの素材は縦横ともに伸縮性のよい生地を使うのが一般であり(引用例1の4頁左上欄10行ないし12行)、突出部に対して生地本体の伸縮性により上下左右からゆとりを生み出しているものともいえる。

また、パンテイを臀部にフイットさせるには多方面からのゆとりの形成が有効であることは当然であるから、多方面からのゆとりの形成技術を組み合わせることに何ら問題はない。

そして、引用例2記載の考案は、臀部を包む生地のゆとりを間隙の構成と凸曲縁の構成により生み出したものであるが、該ゆとりは、両構成によって生ずるそれぞれのゆとりの和にすぎず、両構成が組み合わされて両者の相互作用により初めて生じるものではないから、間隙の構成と凸曲縁の構成は、それぞれ一つのゆとりの形成方法とみることができる。

したがって、引用例1記載の発明のパンテイに引用例2記載の考案のパンテイのゆとりの形成方法の一つである間隙の構成を適用することは、当業者にとって容易なことであり、引用例1記載の発明の技術と引用例2記載の考案の技術とが結び付かないとは到底考えられない。

なお、原告は、前判決の判断を引用するが、前判決は、前審決が本願第1発明は引用例1と前審決引用例2(これは、臀部と股間片との縫着部の構成が本願第1発明のパンテイの間隙の構成とは大きく異なる生理用ショーツ(パンテイ)に係るものである。)から当業者が発明をすることが容易であると判断したのに対し、その両者の関係において「外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ている引用例1と、該ゆとりを下側から得ている前審決引用例2の技術とは結び付かない」といったまでであり、一般論として、「外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ているものと、該ゆとりを下側から得ているものの技術とは結び付かない」といっているものではなく、本件とは関係しない。

(2)  取消事由2について

下着の着用時に臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下位に位置するように臀部片と股間片を形成すること自体は、昭和35年実用新案出願公告第17956号公報(乙第1号証)、昭和12年実用新案出願公告第6349号公報(乙第2号証)及び昭和54年実用新案出願公告第41769号公報(乙第3号証)等にみられるように極普通のことであり、臀部片と股間片の縫合部の位置は当業者が必要に応じ適宜に決め得る程度のものである。

特に、乙第3号証のものでは、引用例2記載の考案のパンテイでいう後身中央片の縦方向の中心線12部分の谷間の機能に相当するヒップ山の間の窪みを形成する縫着線1aの始点(臀部片と股間片との縫合部)を下端に位置させ(縫着線を薄いパンタロン等のアウターウエアを通して出さないという該発明の目的からして臀部片と股間片の縫合部は上着に影響を与えない下端に位置させていることは明らかである。)、体の形状にフイットさせているところからみても、審決で述べているように、縫合部を臀部の谷間が始まる左右両臀部間のほぼ最下端に位置させることにより下着を臀部形状に一番ピッタリさせることができることは、当業者が容易に考え付くことである。

(3)  取消事由3について

パンテイの上側に左右突出部を設け、その降下により臀部にゆとりが形成されることは、引用例1により知られていることであり、かつ、間隙の構成により、臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側に膨みが形成されることは、引用例2により知られている効果である。

更に、臀部片と股間片との縫合部を臀部の谷間が始まる左右両臀部のほぼ最下位に位置するようにすることにより、下着が臀部形状に一番ピッタリするであろうことは、前述したように、当業者が予測し得る範囲のものである。

そして、本願第1発明の効果は、それぞれの構成によってもたらされる公知の効果及び予測し得る効果の単なる総和にすぎない。

したがって、本願第1発明の効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予期し得る範囲を超えて優れているものとはいえない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願第1発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

また、引用例1及び引用例2に審決認定の記載事項があること、本願第1発明と引用例1記載の発明とに審決認定の一致点及び相違点があることは当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願第1発明について

成立に争いのない甲第2号証(平成3年特許出願公告第21641号公報(以下「本願公報」という。))及び甲第3号証(手続補正書)によれば、本願公報には、本願第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について次のように記載されていることを認めることができる。

(1)  本願第1発明は、立体的なパンテイ、ブリーフなどの下着の製造法に関する。

従来から知られている下着は、昭和52年特許出願公開第21950号公報に示されているように、下腹部を覆う布部分及び臀部を覆う布部分が下腹部及び臀部を正面又は背面から投影して得られる形状に作られており、人体における下腹部、側部及び臀部の膨みの全体的考慮がされていない。

また、前記の従来の下着は、着用時、その前部上縁が腹部の膨みの頂点より下に位置する深さの浅い型であるため、下着の上周縁全体を水平一直線になるようにすれば、腰を曲げたりした際に下着の後部がずり下がろうとする。これを阻止するためには、後部上縁が臀部の上あたりにくるように下着を形成せざるを得ず、このようにすれば、必然的に下着の上周縁は臀部側から腹部側にかけて下り勾配となり、体裁が悪くなるばかりか、はき心地も悪くなる。更に、前記の従来の下着は、これを着用した場合、臀部を覆う布部分が、左右両臀部の間にある谷を単に平面的に覆うものであり、かつ、この部分の下端はたれてしわを作るので、この点からも下着の意匠的美感を損なうし、左右両臀部及び左右両臀部間の谷に沿って密着しないので、この点においてもはき心地が良くないという欠点があった(本願公報3欄31行ないし4欄12行)。

本願第1発明の目的は、前記の欠点を解消し、意匠的美感に優れ、かつはき心地のよい立体的なパンテイ、ブリーフなどの下着の製造方法を提供することにある(同4欄38行ないし41行)。

(2)  本願第1発明は、前記の技術的課題(目的)を解決するために、その要旨とする構成(特許請求の範囲1項記載)を採用した(手続補正書5枚目2行ないし6枚目10行)。

(3)  本願第1発明によれば、下腹部を覆う腹部片と、左右両臀部を覆う臀部片と、股間部を覆う股間片とよりなる下着を製造するにあたり、腹部片の上部両側に左右方向にのびた突出部を、臀部片の上部両側に左右方向でかつ斜め上方向にのびた突出部をそれぞれ形成し、これら突出部の端縁を同じ長さにするとともに各片の中心線に向かって上方に傾斜せしめ、しかも臀部片の上縁を同片の中心線が最もへこんでいる湾曲形状としたから、下着は、着用時、腹部片の突出部に縫い合わした臀部片の左右方向でかつ斜め上方にのびた突出部が、臀部の後方への張出しにより引っ張られて下に下がり、これらの上縁が湾入形状とされた臀部片の上縁とともに水平一直線状となるとともに、臀部片の両側突出部の降下に伴い、臀部片に後方へ張り出した左右両臀部の上部分を密着状に包むゆとりが生じる形態となる。

また、腹部片及び臀部片の突出部の端縁を同じ長さにするとともに各片の中心線に向かって上方に傾斜せしめたから、臀部片の両側突出部の降下にかかわらず、突出部の縫合部分が腰部に密着状に沿うようになる。

更に、相互に縫い合わすべき臀部片の下端及び股間片の一端の間に、これらを突き合わせた状態において臀部片及び股間片の中心線に対し左右対称でかつ中心線に向かって巾が漸増した間隙を生ぜしめるように、臀部片の下端を凹形状に、股間片の一端を凸形状にそれぞれ形成し、臀部片の下端を股間片の一端に前記間隙がなくなるようにして縫い合わせ、かつ下着の着用時、臀部片と股間片の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片及び股間片を形成したので、着用時には臀部片の中心線上に縦のくぼみが形成されるにともないその両側に相対的に膨みが形成される。したがって、両膨みと左右両突出部の降下により生じた臀部片の前記ゆとりの存在により、左右両臀部を覆う臀部片は球状に張り出した左右両臀部をそれぞれ個別に無理なく包み、かつたるみなしにこれらに密着し、立体的な臀部の形態にフイットして美しい外観を呈する。また、下着は、着用時、臀部片の中心線上が最も強くかつ中心線から両側方にいくにしたがって漸次弱く股間片側に引っ張られ、臀部片が左右両臀部間の谷にくいこみ状に密着し、この部分で下着が人体に係合状となって腰の屈伸運動その他の人体の動きにより下着のずれ動きが生じず、臀部の底にたるみやしわも発生しない形態となる(本願公報8欄22行ないし9欄17行、手続補正書3枚目11行ないし4枚目7行)。

2  引用例2記載の考案について

成立に争いのない甲5号証によれば、引用例2には次のような記載があることを認めることができる。

即ち、明細書には、「本考案はショーツの改良に関し、目的とするところは臀部当接部に平均的なゆとりが形成されて身体にピッタリし極めて着用心地がよく、しかも裁断縫製能率のよい安価なショーツを提供することにある。

従来のショーツは、第3図に示すように臀部当接部にゆとりを形成するために、後身片の底辺中央部に施した切線部分を左右に開き、該開き内縁部と股間当接縁部を縫着すると共に後身片の斜辺縁を前身片と縫着する構成としているが、後身片と股間当接片との縫着が切線によって形成された直線縁を股間当接片の曲線縁に縫着するために、該縫着部及び後身片と前身片との縫着部に形成される膨みが極端となって臀部片の形状にピッタリせずに着用心地が悪い。(略)

本考案は斯る従来品の欠点を悉く解消したものであって、実施例図に示す如く、前身片と後身中央片を縫着した点においては従来と変わるところがないが、後身中央片と股間当接片との縫着構成部分に特徴がある。

即ち、斜辺縁3の曲率大なる凸曲縁とした略台形の後身中央片1の底縁を、所定の曲率半径r、挟角αの凹曲線縁2として、該凹曲線2と台形斜辺片3に挟まれる脚口一部形成部44′を対称的に形成すると共に鼓形の股間当接片5の後身中央片縫着縁6をrα≒Rθ r<R α>θとなる所定の曲率半径R、挟角θの凸曲線縁として両片を縫着し、且つ脚口一部形成部44′を前身片8と股間当接片5によって形成される脚口99′の一部とするよう縫着し、更に前身片8の後身中央片と縫着する縁部10を曲率大なる凸曲線として両片を縫着したショーツを要旨としている。(略)要は、後身中央片と股間当接片の相互縫着縁部が、脚口に近付くにつれて徐々に重なる状態の曲線縁に裁断形成すればよいのである。

上述の如く、後身中央片と股間当接片との縫着縁部を、脚口に近付くにつれて重なる状態に裁断し、これを重ねることなく縫着すると共に前身片と後身中央片との縫着縁も曲率大なる凸曲縁としてこれを縫着したから、力の集中する角部が形成されず、集中力による破れを招来しない。しかも後身中央片の縦方向の中心線12部分が谷間となり、その左右に各縫着部に沿う滑らかな膨み1314が形成されて臀部形状にピッタリする形態とすることができる。」(明細書2頁3行ないし5頁4行)と記載されている。

そして、第1図には、各部片の形状が示され、第2図には、各部片を縫合した状態において、後身中央片と前身形成片との左右の縫合部の膨み13、13(着用時、左右両臀部の上部から中央部にかけて覆うものと認められる。)と後身中央片と股間当接片との縫合部の膨み14、14(着用時、左右両臀部の中央部からやや下部にかけて覆うものと認められる。)がそれぞれ点線で表されている。

3  取消事由1について

(1)  〈1〉について

原告は、本願第1発明のパンテイの臀部片と引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片には(イ)ないし(ハ)の形状等の相違があるとして、審決が、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片は本願第1発明のパンテイの臀部片の一部に相当し、股間片との関係においては両者は同じといえると判断したことの誤りを主張する。

前記2で認定した引用例2の記載及び図面の内容から明らかなとおり、引用例2記載の考案のパンテイは、後身中央片、前身形成片及び股間当接片の3部片からなっており、その点で、臀部片、腹部片及び股間片の3部片からなる本願第1発明と一致しているが、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片と本願第1発明のパンテイの臀部片には原告の主張する相違点があることは確かである。

しかし、審決の前記判断は、当業者が本願第1発明の相違点(一)に係る構成(間隙の構成)を引用例2記載の考案から容易に想到できたか否かの判断の前提として、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片と本願第1発明のパンテイの臀部片が覆う部位及びそれらと股間片(股間当接片)との縫合関係からの異同を判断したものであり、上縁等の具体的な形状や他の部片との縫合関係を問題にしたものでないことは審決の理由の要点に照らして明らかである。

そして、審決は、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片と本願第1発明のパンテイの臀部片はともに臀部を覆う部片である点で同じであるが、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片は臀部の中央部分のみを覆うに対し、本願第1発明のパンテイの臀部片は臀部の全体を覆うという相違があることから、「引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片は本願第1発明のパンテイの臀部片の一部に相当する」と判断したものであり、また、引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片も本願第1発明のパンテイの臀部片も、ともにその下端が股間片(股間当接片)の一端と縫合される関係にあることから、「股間片との関係においては両者は同じといえる」と判断したものであることは明らかであり、これらの判断に何の誤りもない。

原告が主張する引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片と本願第1発明のパンテイの臀部片との相違点は、審決の前記の判断には何の関係もないことであり、それらの相違点があることは、審決の前記判断を誤りとするものではない。

よって、原告の〈1〉の主張は理由がない。

(2)  〈2〉について

原告は、審決が引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成の効果は本願第1発明の「臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成せられる」という効果と同じのものであると判断したことの誤りを主張する。

前記2認定の引用例2の記載及び図面からすると、引用例2記載の考案は、後身中央片と股間当接片との縫合部の左右対称の膨み14、14と谷間をもって、左右両臀部の中央部からやや下部当たりの形状にフイットさせるとともに、後身中央片と前身形成片の縫合部の左右の膨み13、13をもって左右両臀部の上部から中央部当たりの形状にフイットさせ、両者があいまって臀部当接部に平均的なゆとりをもたせ、かつ臀部形状にピッタリとした着用心地がよいパンテイ(ショーツ)を提供する技術に係るものであることを認めることができる。

即ち、引用例2記載の考案の技術は、後身中央片の凸状の左右両端と前身形成片の凸状の左右両端とのそれぞれ縫合(凸曲縁の構成)により滑らかな膨み13、13を形成する技術と、後身中央片の凹状の下端と股間当接片の凸状の上端との縫合(間隙の構成)により後身中央片の中心線上に谷間を生じさせ、その左右に縫合部分に沿って滑らかな膨み14、14を形成する技術の両者からなるものであるが、それらの技術は互いに他の技術があって初めてその効果を奏するものではなく、その各々がその覆う部分についての効果を奏するものである。

したがって、その間隙の構成による作用効果は、本願第1発明の「臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるとともに、その両側にふくらみが形成される」(なお前甲第3号証によれば、本願公報に記載された当該部分の記載は、正しくは、「着用時には臀部片の中央線上に縦のくぼみが形成されるにともない両側に相対的にふくらみが形成される」(手続補正書3枚目下2行ないし4枚目1行)であるが、その趣旨に変わりはないと認められる。)という作用効果と同じものと認められる。

なお、原告は、引用例2記載の考案のパンテイの谷間及びその両側の膨み14、14の形成される位置と本願第1発明のパンテイのくぼみとその両側の膨みの形成される位置の相違を挙げて、審決の前記判断の誤りを主張する。

しかし、間隙の構成により臀部片(後身中央片)の中央線上にくぼみ(谷間)が生じ、その両側に膨みが形成されることは、間隙の構成に係る縫合部の位置に関係なくなく生ずることであり、本願第1発明のパンテイと引用例2記載の考案のパンテイにおける間隙の構成に係る縫合部の位置の違いは、それによりフイットさせようとする臀部の位置が相違するものにすぎない。即ち、本願第1発明のパンテイは、そのくぼみ及び両側の膨みを左右両臀部のほぼ最下端に生じさせ、そのくぼみが左右両臀部の間のほぼ最下端に生ずる谷間にくいこむようにして臀部形状にフイットさせようとしたのに対し、引用例2記載の考案のパンテイにおいては、それより上方の臀部中央付近において、左右に盛り上がる臀部とその間にできる谷間の形状にフイットさせようとしたものであり、ともに、下着の形状を臀部形状の凹凸に合わせようとしたものであることに違いはない。

そして、審決は、本願第1発明と引用例1記載の発明につき、間隙の構成の有無の相違をその相違点(一)として認定し、臀部片(臀部包囲部)と股間片(股部包囲部)との縫合部の位置の相違をその相違点(二)として認定した上、相違点(一)に対する判断においては、間隙の構成とそれに係る縫合部の位置との効果の関係はひとまず置き、間隙の構成そのものの一般的な効果を認定し、間隙の構成に係る縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置させることによる効果は相違点(二)に対する判断において判断していることは、審決の理由の要点から明らかである。

このように、審決の前記判断は、間隙の構成により後身中央片(臀部片)の中心線上に谷間(くぼみ)が生ずるとともにその両側に膨みが生じ、これが凹凸のある臀部形状にフイットするという間隙の構成の一般的な効果について判断しているにすぎないものである。

そして、その効果においては、本願第1発明のパンテイの間隙の構成も引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成も違いはないものであるから、審決の前記判断に誤りはないというべきである。

(3)  〈3〉について

原告は、審決が引用例1記載の発明のパンテイに、臀部形状にピッタリするように引用例2記載の考案のパンテイの臀部片と股間片との縫着構成部分(間隙の構成)の特徴を適用することは当業者にとって容易であると判断したことの誤りを主張する。

しかし、前記(一)(二)のとおり審決の〈1〉、〈2〉の判断に誤りはなく、引用例2記載の考案から、間隙の構成により後身中央片の中心線上に谷間ができ、また、その両側に膨みができて、それにより臀部形状にピッタリした形状のものとすることができることが開示されているのであるから、その縫合部の位置はともかく、引用例1記載の発明のパンテイの臀部包囲部と股部包囲部との縫合に間隙の構成の技術を採用することを当業者が想到することは容易であるといわなければならない。

これに対し、原告は、引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成は、脚口一部形成部4、4'が滑らかな膨み13、14を形成するためのゆとりを下側からもたせる機能を有するものであるのに対し、引用例1記載の発明のパンテイは、外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ているものであるから、その技術はもともと結び付かない旨主張する。

しかし、パンテイの形状を左右両臀部の形状にピッタリしたものにするためのゆとりの形成手段は一つに限定されないことはいうまでもない(原告の前記主張もパンテイのゆとりの形成手段は一つに限られるというものではない。因みに、前記1(3)で認定した本願公報における本願第1発明の作用効果の記載からすると、本願第1発明のパンテイは、臀部片の左右方向でかつ斜め上方にのびた突出部から左右両臀部の上部分を密着状に包むゆとりを得るとともに、間隙の構成により生じた膨みにより左右両臀部の下部分を密着状に包むゆとりを得ていると認めらる。)。

そして、前記3(2)で認定したとおり、引用例2記載の考案のパンテイのゆとりの形成手段は、凸曲縁の構成による滑らかな膨み13、13と間隙の構成による谷間とその左右の滑らかな膨らみ14、14とからなるものであり、間隙の構成によるゆとりの形成手段は、他のゆとりの形成手段と協働し得るものである。

引用例1記載の発明のパンテイの臀部片には、本願第1発明のパンテイの臀部片と同じく、左右方向でかつ斜め上方にのびた突出部を有するものであるが、前記1(3)で認定した本願公報に記載された本願第1発明の作用効果からすると、これからは、左右両臀部の上部分を密着状に包むゆとりが得られるにすぎないものである。そして、成立に争いのない甲第4号証(引用例1)をみても、引用例1記載の発明のパンテイについて左右両臀部の下部分についてゆとりを設けることを妨げる事由の存在を見出すことはできない。

したがって、引用例1記載の発明のパンテイに左右両臀部の下部分にゆとりをもたせ、臀部全体にフィットする形状のものとするため、その臀部包囲部と股部包囲部の縫合について間隙の構成を適用することは何ら技術的に支障の生ずるものではない。

なお、原告は、前判決が、前審決引用例2記載の発明のパンテイは、外方に突出した左右両臀部を包むゆとりを引用例2記載の考案のパンテイの後身中央片に相当する後股上布の下側から得ているもので、この技術は、該ゆとりを臀部片の上側から得ている引用例1記載の発明の技術とは結び付かない旨判断したことを挙げる。

前判決の内容は当裁判所に顕著であるが、それは次のような判断を示している。

(a)「右事実によれば、第2引用例の間隙は、縫製後またざき状に左右に開かれた後股上布11の裾縫V字線15の両側部分が、ヒップライン上に突出状のヒップトップを形成するためのゆとりを下側からもたせる機能を有すると認められる。」、

「本願第1発明の間隙は漸増する間隙であるのに対し、第2引用例のそれは急増する間隙である点で構成上相違する上、第2引用例は「ヒップライン上に突出状のヒップトップを形成するためのゆとりを下側からもたせる」ものであって、本願第1発明とは機能上も相違し、しかも、周知事実の例示として引用した甲第8号証ないし甲第10号証の各間隙も前記のとおり本願第1発明のそれとは技術的意義を異にするものである。」、

「以上によれば、本件審決が、間隙について周知事実を勘案すると本願第1発明のようにすることは当業者にとって任意に設計変更できる範囲にあるとした判断は誤りである。」

(b)「確かに、臀部片と股間片との間の間隙が、左右対称で、中心線に向かって幅が増加している態様のものである場合には、臀部片が左右両臀部の谷に食い込み状に密着する原理は、本願第1発明の場合と第2引用例の場合とで差異があるものではない。

しかしながら、外側に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを、本願第1発明では臀部片の上側から得ているのに対し、第2引用例では、後股上布の下側から得ている点に両者の根本的な相違があり、これが両者の作用効果の差となって現れるものであるから、本願第1発明の作用効果が第2引用例に記載されたところから特段の差異は認められないとはいえず、したがって、本願第1発明の作用効果においても第2引用例に記載されたところから特段の差異は認められないとした本件審決の判断は誤りといわざるを得ない。」

(c)「しかしながら、右2の判断(注-第1引用例に記載された股間片に第2引用例に記載された方法を適用して本願第1発明のようにすることは当業者が容易になし得る旨の判断)は、前記のとおり誤りであり、しかも、外方に突出した左右両臀部を包む生地のゆとりを臀部片の上側から得ている第1引用例の技術と、後股上布の下側から得ている第2引用例の技術とは元来結び付かないものである。

したがって、第1引用例に記載された股間片に第2引用例に記載された方法を適用して本願第1発明のようにすることは当業者ならば、容易になし得るとした本件審決の判断は誤りである。」

しかし、前審決引用例2記載の発明のパンテイの後股上布の縫合線は略V字状に形成されているものであり、この点について、前判決が、本願第1発明のパンテイの間隙は漸増する間隙であるのに対し、前審決引用例2記載の発明のパンテイの間隙は急増する間隙である点で構成上相違する旨判断しているとおり、前審決引用例2記載の発明のパンテイの後股上布と股間を覆う布との縫合部分の形状と本願第1発明や引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成とは大きく相違する。

また、前判決によれば、前判決においては、前審決引用例2記載の発明のパンテイに後股上布と股間を覆う布との縫合によるゆとり以外にゆとりのあることや当該ゆとりと他のゆとりとの関係は何ら認定されていない。

したがって、前判決がした引用例1記載の発明と前審決引用例2の各技術の結付きの可否についての判断は、あくまで、引用例1記載の発明と、他のゆとりとの協働関係について何らの示唆がなく、またその構成も引用例2記載の考案とは相違する前審決引用例2記載の発明との関係においてのみされたものであり、一般論として、パンテイの上側からゆとりを形成する技術と下側からゆとりを形成する技術とは相いれないと判断したものでないことは明らかである(そのような判断は技術常識に反する。)。

これに対し、引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成によるゆとりの形成は、前認定のとおり、パンテイの上部からのゆとりの形成と技術的に相いれないものではなく、むしろ、上部からゆとりの形成の技術とあいまって臀部当接部に平均的なゆとりをもたせ、臀部形状にピツタリとさせているものである。

したがって、審決が新たに引用例2を引用し、引用例1記載の発明のパンテイに引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成を適用することは当業者にとって容易であると判断したことは、何ら前判決の判断と矛盾するものではない。

よって、審決の〈3〉の判断にも誤りはない。

4  取消事由2について

原告は、審決が、本願第1発明のように下着の着用時に臀部片と股間岸の縫合部が左右両臀部間のほぼ最下端に位置するように臀部片と股間片を形成することは当業者にとって容易であると判断したことの誤りをいう。

成立に争いのない乙第1号証によれば、昭和35年実用新案出願公告第17956号公報には、後生地3の下部9の下縁9'中央に股片5、6の下縁6"を縫着したパンツが記載されていることが認められ、また、成立に争いのない乙第2号証によれば、昭和12年実用新案出願公告第6349号公報には、後片2と股間を覆う襠片9との縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置させたズロースが記載されていることが認められるが、このように、臀部を覆う部片と股間を覆う部片との縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置させるようにすることは、本件出願当時周知のことであると認められる。

そして、引用例2記載の考案の間隙の構成により、縫合部の中心部分に谷間ができ、その左右に膨らみができるということが知られている場合、その縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端の位置にもってきて、縫合部の谷間を両臀部間の谷間にくいこませ、その左右の膨みにより左右両臀部を包み臀部形状にピッタリとした形状にするようなことは、当業者が容易に想到することができることと認められ、それを困難にする事由は見当たらない(因みに、審決は、引用例1には臀部包囲部と股部包囲部との縫合部の位置が明確に記載されていないとして、一応、相違点(二)のように認定しているが、引用例1の第1図及び第3図からすると、同縫合部は左右両臀部間のほぼ最下端付近に位置しているものと認められ、引用例1記載の発明において引用例2記載の間隙の縫合の技術を採用するについて、その縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置させることに何の妨げもない。)。

したがって、審決の相違点(二)に対する判断に誤りはない。

5  取消事由3について

原告は、審決が本願第1発明の効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予期し得る範囲を超えて優れているものとはいえないと判断したことの誤りをいう。

しかし、審決が本願第1発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点として認定したとおり、引用例1記載の発明のパンテイの臀部片は、本願第1発明のパンテイの臀部片と、その下端の形状及び股間片との縫合部の位置を除き、同一の形状をしている。

そして、前記3、4で判断したとおり、引用例2記載の考案のパンテイの間隙の構成により、後身中央片(臀部片)の中心線上に谷間ができるとともにその左右に膨みができ、その谷間及び左右の膨みによりパンテイを臀部形状にフイットさせるという作用効果を奏することが公知であり、また、当業者が引用例1記載の発明のパンテイに間隙の構成を適用すること、その際、臀部形状にピッタリするように、間隙の構成に係る縫合部を左右両臀部間のほぼ最下端に位置させることは当業者が容易になし得ることである。

したがって、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から、当業者が、本願第1発明の作用効果のうち、「着用時には臀部片の中心線上の縦のくぼみが形成されるにともないその両側に相対的にふくらみが形成される。したがって、両ふくらみと左右両突出部の降下により生じた臀部片のゆとりの存在により、左右両臀部を覆う臀部片は球状に張り出した左右両臀部をそれぞれ個別に無理なく包み、かつたるみなしにこれらに密着し、立体的な臀部の形態にフィットして美しい外観を呈する」という作用効果を予測し得ることは明らかである。

また、本願第1発明の「着用時、臀部片の中心線上が最も強く、かつ中心線から両側片にいくにしたがつて漸次弱く股間片側に引っ張られ、臀部片が左右両臀部間の谷にくいこみ状に密着し、この部分で下着が人体に係合状となって腰の屈伸運動その他の人体の動きにより下着のずれ動きが生じず、臀部の底にたるみやしわも発生しない形態となる」という作用効果についてみても、これは、間隙の構成に係る縫合部のくぼみが左右両臀部の谷間にくいこみ、臀部形状にフイットすることからの当然の作用効果であり、前記の作用効果を別の観点から言い表したものにすぎないものである。

したがって、本願第1発明の効果は、引用例1記載の発明及び引用例2記載の考案から予期しうる範囲のものであるというべきであるから、審決の前記判断に誤りはない。

6  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張はいずれも理由がなく、審決には原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

〈省略〉

〈省略〉

別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

〈省略〉

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